NO.243

      2024/02/27

2011-4-6 発行

羽ばたきの季節と大震災

理事長 石渡 博明


 『ロータス通信』第243号をお届けします。
 今号は、定期刊行のご案内と羽ばたきの季節に合わせた視覚障害留学生のご紹介で巻頭のご挨拶をするつもりでしたが、3月11日、列島北部を襲った地震と津波・火災に加え原発事故と、未曽有の大災害に言葉もありません。特に、困難な状況に置かれているであろう被災地の視覚障害者について考えると、一層胸が痛みます。

 型どおりのご挨拶しかできませんが、会員並びに関係者の皆様におかれましては、ご家族・ご親戚・お知り合いの皆様も、お元気でおいででしょうか。皆様のご無事をお祈りしますとともに、災難に逢われた皆様には心よりお見舞いの言葉を送らせていただきます。
 尚、遅ればせではありますが、この場をお借りして会員・関係者の皆様に義捐金へのご協力をお願いします。お寄せ下さった義捐金は、援護協会も会員になっています社会福祉法人・日本盲人社会福祉施設協議会を通じて、被災地の会員施設(視覚障害者福祉施設)に贈呈されることになります。

 援護協会がお世話させていただいている留学生にも動きがあり、昨年招聘したツェーネさん、筑波大学附属視覚特別支援学校で勉学中のニャマフ―さん、マンダハさんの3名のモンゴル留学生は、本国政府・盲人協会の要請で一時期帰国・避難を余儀なくされました。
 尚、この春、転機を迎えた留学生について言えば、ベトナムのソンさんは筑波大学視覚附属特別支援学校専攻科を無事卒業―三療の国家試験にもみごと合格、またミャンマーのトゥントゥンさんは母国での就職が決まり、去る3月末にそれぞれ帰国されました。
 また、ベトナムのニヤさんは埼玉県立特別支援学校塙保己一学園保健理療科を卒業、国家試験にもみごと合格を果たし、4月からは理療科に転科してあん摩・マッサージに加えて、鍼・灸の勉強にチャレンジすることになりました。
 また、前号でもご紹介しましたように、昨年10月に来日した、ベトナムのスイェンさんは筑波大学附属視覚特別支援学校専攻科に、モンゴルのツェーネさんは神奈川県立平塚盲学校理療科に入学、それぞれの学校でお世話になり、勉学に励んでいくことになりました。

 山口さん・湊さんが退任・退職された事務局は、理事の新井愛一郎さん、常勤職員の篠田佐知子さん、非常勤職員の山田けい子さん、それと理事長の石渡の4人体制で切り盛りしていくことになりました。力不足で、ご不便・ご迷惑をおかけするかもしれませんが、一同頑張っていくつもりですので、どうかよろしくお願いします。


《卒業生よりのごあいさつ》

◆ベトナムの視覚障害者の状況を改善するために◆

 ファン・バン・ソン

 日本に来てからあっという間に、3年間半がたちました。6ヶ月IAVIで日本語や日本の習慣などを勉強しました。それから、筑波大学附属視覚特別支援学校で3年間、あはきを習得し無事に合格しました。
 日本語がまだ足りないことや理療の勉強が難しいことで苦労したこともありますが、IAVIの職員や先生がた・ともだち、そして多くのボランティアのかたがたが、困ったときに何でもご支援・ご協力をくださいました。それで、あはきのほかにも日本の視覚障害者の教育・日本の習慣などの色々なことを勉強できました。3年間半楽しい生活を過ごし、いい友達も沢山できました。
 天国のような日本で生活し、ベトナムの視覚障害者の生活が困難なことをよく思い出します。それで、日本で一生懸命に勉強し、そして身につけたことを、ベトナムの視覚障害者の状況を改善するために生かしていきたいと思っています。
 卒業式の四日前、大地震が起こって、ちょっと怖かったですが、その後被害を受け、なくなった人の数がどんどん増えるニュースを聞いて、心がいたみます。日本の皆さんが、大震災の被害や原発事故を乗り越えるよう、心からお祈りします。

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◆卒業後の計画◆


グエン・タイフォン・ニヤ

 皆さん、こんにちは。私はグエン・タイフォン・ニヤともうします。4年前、ベトナムのホー・チ・ミン市からまいりました。
 私が日本に来て、あっと言う間に、4年間が過ぎました。普段、年を取ると時間がたつのがとても速いと聞いていますが、私はまだ20代なのに時間の流れが信じられないほど速い感じがしています。それは私の感覚ですが、みなさんの感じはまた、違うかもしれません。
 私が日本に来て、勉強ができているのは皆さんのおかげだとおもっております。いつも心から深く感謝いたします。4年間に渡って努力したおかげで、私は先輩がたたちにまけず、按摩マッサージ指圧の国家試験に合格でき、日本語の能力試験の2級もとることができました。
今のところ、私は目標を半分達しました。そうは言っても、私はまだまだ未熟です。これからもっとがんばって、いろいろな事を学びたいのです。これから鍼灸の免許と日本語の能力試験の1級を国へ持って帰りたいです。将来は、塙保己一学園盲学校がベトナムのホー・チ・ミン市の盲学校と姉妹校になるように、私は努力します。
 そして、私はベトナムのホー・チ・ミン市の盲学校で教師として、視覚障害者の生徒たちや友達に、技術、技能、日本で学んだ事を教えたいと思っております。今後ともよろしくおねがいいたします。
 この頃、日本ではいろいろな大変な問題が起こっていますが、世界中の人たちには、日本人ならどんな事でも乗り越えることができると思っています。 皆さん、お互いにがんばりましょう。どんな辛い冬でも時間がたったら暖かい春がきますから、信じてください。にっぽんばんざい!

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《半年間の勉強を終えて》

グエン・ティ・スイェン(ベトナム)


 日本へ着いてから6ヶ月になったことを、私はとても速く感じます。
この6ヶ月ずっと毎日、日本語と日本語の点字と歩行訓練を勉強しました。放課後は、他の色々な経験が積めました。
 日本へ来たばかりの時、分らないことや慣れないことが多くて、国際視覚障害者援護協会のみなさんや先生方に迷惑をかけましたが、本当に親切にしていただきました。そして、6ヶ月たつうちに、日本語が少しわかるようになって、日本の生活に段々慣れてきて、筑波大学附属視覚特別支援学校に合格できました。
 4月から筑波大学附属視覚特別支援学校に入って、そこで3年間勉強します。困ることがとても多いと思いますが、良い成績をとるために、いっしょうけんめいにがんばらなければなりません。3年後には、是非、あはき国家試験と日本語能力試験の2級に合格したいです。
 この6ヶ月、皆様方に本当にお世話になりました。心からありがとうございました。

ツェグミド ツェンドスレン(モンゴル)


 私が日本で鍼、灸、マッサージの勉強をするのは、私にとって一番大きなチャンスです。
 日本へ来たばかりの10月の時は、日本語がチンプンカンプンでわかりませんでしたので、それはたいへん問題でした。
 でも、先生方に日本語や日本の生活についてよく教えていただきましたので、十分ではありませんが、できるだけ日本語で会話したり、だいぶわかるようになりました。先生方に感謝しております。わたしは日本の生活や食べ物などにだいたいなれましたが、好き嫌いがありますので、なんでも食べたりできるようにしようと思っています。
 日本で一番怖かったのは地震でしたが、10月から3月まで楽しく過ごせた日がたくさんありました。
たとえば浜松に行ったときにウイズで斯波さんに教えてもらって白杖を自分で作りました。それだけでなく、いろいろと各地に行って見学しました。
その時にいろいろお世話になりました。みなさん本当にどうもありがとうございました。
 最後に、国際視覚障害者援護協会と関係者のみなさん、ありがとうございました。


《日本語・日本点字をご指導くださった先生から》

10年間をふりかえって◆

野澤 三津子

 私が初めて援護協会に来たのは、2000年の秋でした。その時は、留学生は4名、初めての授業は、自分でも何を言っているのかわからない状態。これから先がとても不安でした。でも留学生は私以上に不安な気持ちで、国が違う者同士が同じ屋根の下で暮らすわけですから、大変な事なのです。
 だんだん日本語が上手になってきて、普通の日本語で会話が出来るようになり、それを身近で見ていることは、大変うれしいことです。毎年、梅原先生、米山先生と一緒に留学生を連れて遊びに行くのですが、その時は本当に日本語が上手になったなと感心します。
 これまで25名の留学生と接してきました。それぞれ個性豊かな人達です。国にもどられてからも活躍される事でしょう。
私自身も留学生から、元気をもらい、楽しく通わせていただきました。たくさんの思い出も出来ました。
 これからも、皆さん、留学生のために頑張って下さい。長い間、お世話になりました。 


《美味しいご飯をありがとうございました》
    ―寮母さんからのご挨拶―

 生方 ときゑ

 22年の10月1日より寮母として働かせていただきました。
 はじめは食事のことを心配しましたが、みなさんにはげまされ、なんとかここまできました。早いですねー。二人とも食事をよく食べてくれました。いたらない私の料理をよろこんでくれて本当にうれしかったです。
 スイェンさんツェーネさん、二人とも日本語が上手になり、表にも一人で出かけ、木村先生との待合わせにも困ることなく出かけました。日本にきてがんばっている姿を見て、胸がじーんときました。
 盲学校に入っても今まで通りがんばって下さいね。
 私も心の中で見守っていますよ。
                     
                            

井貝 絵里

 私が協会に来てから、あっという間の半年間でした。
 これまで視覚障害の世界に触れたことがなかった私にとっては、試行錯誤の連続でしたが、周囲の方々のアドバイスと、何よりも留学生自身の努力に助けられ、ここまで来られたと思っています。
 二人とも社会人経験が長いので、日常生活について特に困るということはありませんでした。
 何でも自信を持って堂々としているツェーネさんと、自信がないながら努力して本番に成果を出すスイェンさんはナイスコンビです。朝早くから夜遅くまで、テキストを音読して分からない所を教え合う姿には頭が下がります。
 二人にとってはここからがスタートです。環境が変わり、困難なことも出てくるでしょうが、二人ならきっと乗り越えられると信じております。
 最後になりましたが、ロータス通信をご覧の皆様にはこれまでのご協力に感謝を申し上げると共に、今後も変わらぬご支援をいただけますよう、お願い申し上げます。
ありがとうございました。

 


《浜松同行記》

事務局員 山田 けい子

 「いってきま?す」今日から理事長の石渡さん・スイェンさん・ツェーネさんと一緒に、一泊二日の浜松ウイズへ白杖作りの研修旅行です。
 協会を出た時は小雨が降っていましたが、浜松が近づくにつれ青空に変わっていきました。幸先の良い予感です。
 浜松駅ではウイズの斯波さんと台湾の留学生のリンさんが待っていて下さいました。斯波さんの車で途中昼食をとり、ウイズの蜆塚作業所に案内していただきました。ここは、総合福祉ゾーンとして地元からの要請で立ち上げたそうです。ここでは高齢の視覚障害者が皆さん楽しそうに、口と手を動かしながら仕事をしていました。1時間近く見学をしてウイズの半田に移動。
 半田作業所では白杖作り・点字の名刺印刷など、視覚障害者でも仕事がスムーズに、そして正確に出来るように道具が工夫されています。それを治具と言うそうです。とても勉強になる道具ばかりでした。
 障害とは何か?一緒に働けない・一緒に行動出来ないことが大きな障害、など有意義なお話をお聞きして一日が終わりました。
 二日目は朝9時から朝礼。一人ずつの自己紹介から始まりました。ツェーネさん・スイェンさんも落ち着いて大きな声で自己紹介をしていました。
 さあ、白杖作りの始まりです。斯波さんのご指導開始!彼女たちの希望は折りたたみ式ですから、まずは、芯になるパイプ4本に白いシートを被せ、熱湯で張りつかせ余分な部分を切り取り、継ぎの芯をヤスリで削りながらの微調整、二人とも初体験ながら一生懸命作業していました。
 頑張ること4時間(?)最後の仕上げは白状の持ち手の紐付けです。結び目が外に出ないように仕上げるには、どうしたら良いのか?最後の難問が降りかかってきました。待つこと?分、二人とも正解が出て白杖完成です。一つ一つ自分の手で作った白杖が出来上がりました。お疲れさまでした。さあ記念撮影!ウイズの前でとても良い笑顔が見られました。
「障害者が町に出ると町は変わる」斯波さんのお話の中での一番印象に残った言葉です。
 白杖作り、そして斯波さんを始めとして色々な方々との出会い、とても有意義な時間を過ごさせて頂いたことに感謝しています。


《南の国の留学生とかまくら作り体験》

会員 鈴木 弘美

 はじめまして鈴木弘美と申します。私は新潟県の農家の生まれで弱視です。食べることとブラジル音楽、旅行が大好きで色々な国に遊びに行っています。今回のかまくら作り体験はマレーシア料理を食べに誘ってもらったのがきっかけでした。メイさん、マリアさんと食事をしていて冬の話題になり、私の田舎では人の背丈以上の雪が積もり、子供のころにはかまくらという雪の家を作った、と話したらすごく興味を持ってくれて、ではやってみようということに。
 3月5日メイさん、マリアさん、メイさんの友達の安原さん、安原さんの友達の諸遊さんと私は、にぎやかに長野新幹線で上田へGO。さらにバスで約1時間、菅平高原ダボスバス停に到着。マリアさんはもう雪の上に立っただけで大興奮でした。宿泊とかまくら作り体験をさせてもらったのはペンションれりーふです。ここではペンションのオーナーが指導してくれ、自分たちでかまくらを作ってパーティーができるのです。
 さてさて、かまくら作りはと言うと、これがなかなかスタートできないのです。道を歩いていると諸遊さんが「つららがあるね」というので、マリアさんが「つららって何?」。すると諸遊さんバスから垂れ下がるつららを折って手渡してくれる。おーと驚いたかと思うと「写真お願いします!たくさんとって!」とマリアさん。雪に触ってみる、踏んで音や足裏で感触を味わう。そんな準備運動みたいな時間がしばらく必要でした。
 かまくらを作るにはまず雪の山を作る訳ですが、諸遊さん以外は視覚障害者なので安全にバランス良く雪を積んでいくのは結構大変でした。雪は重くて思う方向になかなか投げることができず、最初のうちは分業制で、シャベルで雪を掘る人、掘ったものを手で持って積む人に分かれて作業しました。慣れてくるとシャベルで掘った雪をそのまま投げられるようになりました。メイさんはさすが砲丸投げの選手だけあって、力強い投げっぷりでした。マリアさんは時々雪山に登って高さを確かめていました。
 となりでは男の子二人とお父さんが作っていて、もう穴を掘る段階に入っていました。みるに見かねてかお兄ちゃんのケン君が私達のかまくらを手伝ってくれました。弟のヒロ君はまだ幼稚園生なので、お父さんがほとんど一人で作る羽目になりました。お父さんは完成したかまくらに私達を招待してくれました。お酒もご馳走になりました。私達のかまくらはその日は少しだけ穴を掘って終了。天気が良く夕焼けが綺麗でした。標高が高いせいか、私の視力でも夜空に沢山の星が見えました。
 翌日も良い天気で、朝日に照らされてかまくらがキラキラ輝いていました。マリアさんは寒くて布団から出られませんでした。彼女を残して早朝の雪上散歩に出かけました。道路わきの除雪した雪が積み上がった所を歩いたので木の枝によく引っ掛かりました。特にメイさんは大きいので、かなりしゃがまなくてはなりませんでした。宿に帰ってきてもまだマリアさんは布団の中。御飯の時はさすがに起きましたけど。
 食後は真剣に穴掘りに取り組みました。交代しながら穴を掘ったのですが、みんな真剣でなかなか交代したがりません。我々の間では真剣になることを「ケン君になってる」と言うようになりました。そのうちペンションのおじさんが様子を見に来てくれて、あっという間に椅子付きのかまくらに仕上げてくれました。私達はそこでお汁粉を食べお茶を飲んで完成を祝いました。そして中で日本の雪にちなんだ歌を歌いました。その後スキー場の片隅でお尻をついてそり遊びもしました。けれど最後は私達の大事な別荘に戻って、その上に立って記念撮影で締めくくりました。
 翌日の月曜は東京では雪が少し降りました。風邪気味だったマリアさんが気になったので電話してみました。ところがとっても元気。「1週間いたいです。来年も行きたいです。えっ、東京は雪ですか?平塚雪降らなかった。つまらない。」この言葉に私は本当に嬉しくなりました。みんなに楽しんでもらえて良かったし、なにより自分が久しぶりに雪と戯れリフレッシュできました。また、こんな楽しい事を計画できたらと思っています。メイさんは抹茶が好きだとか、京都に行きたいと言っているから、次は京都で和菓子やお茶を楽しもうかな。留学生のみなさん、勉強大変でしょうが、どうか日本を楽しんで様々な体験をして下さい。そして何か面白い事を考えついたら、私も仲間に入れて下さいね。  


=編集後記=
3月11日の大震災にたいして、海外の元留学生の皆さんからお見舞いを頂きました。ありがとうございました★あの日、協会で勉強をしていた二人の留学生は、先生と寮母さんとで机の下にもぐりこみ、揺れのおさまるのを待っていました。本当に怖かったでしたね★いよいよ学校生活が始まります。たくさんの友達も出来ると良いですね。


=業務日誌=
2月9・10日(水・木) 留学生2名、浜松研修旅行(ウイズで白杖作り)。
2月20日(日) 板橋区外国人による日本語スピーチ大会。
(グリーンホールにて、留学生2名参加)
3月7・8日(月・火) 留学生2名、大阪研修旅行(国立民族学博物館、
日本ライトハウス、ふれあい文庫)。
3月11日(金) ニヤさん、埼玉県立盲学校卒業式。
3月15日(火) ソンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校卒業式。
3月20日(日) トゥントゥンさん、帰国。
3月21日(月) ソンさん、帰国。
3月28日(月) ソンさん(あはき)、ニャさん(あんまマッサージ指圧)
国家試験合格。
3月31日(木) 理事・評議員会/山口さん退任、湊さん退職。
4月 5日(火) ツェーネさん、平塚盲学校入学式。
4月 8日(金) スイェンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校入学式。

【義捐金のお願い】
 巻頭の理事長あいさつにもありますように、このたびの東北関東大震災の被災地にあります視覚障害者福祉施設への支援活動の一環として、協会では日本盲人社会福祉施設協議会とタイアップして、義捐金へのご協力をお願いしています。金額の多寡は問いませんので、同封の振り替え用紙にて会費とは別に、義捐金としてのご送付をよろしくお願い申し上げます。
 


=編集後記=
3月11日の大震災にたいして、海外の元留学生の皆さんからお見舞いを頂きました。ありがとうございました★あの日、協会で勉強をしていた二人の留学生は、先生と寮母さんとで机の下にもぐりこみ、揺れのおさまるのを待っていました。本当に怖かったでしたね★いよいよ学校生活が始まります。たくさんの友達も出来ると良いですね。


=業務日誌=
2月9・10日(水・木) 留学生2名、浜松研修旅行(ウイズで白杖作り)。
2月20日(日) 板橋区外国人による日本語スピーチ大会。
(グリーンホールにて、留学生2名参加)
3月7・8日(月・火) 留学生2名、大阪研修旅行(国立民族学博物館、
日本ライトハウス、ふれあい文庫)。
3月11日(金) ニヤさん、埼玉県立盲学校卒業式。
3月15日(火) ソンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校卒業式。
3月20日(日) トゥントゥンさん、帰国。
3月21日(月) ソンさん、帰国。
3月28日(月) ソンさん(あはき)、ニャさん(あんまマッサージ指圧)
国家試験合格。
3月31日(木) 理事・評議員会/山口さん退任、湊さん退職。
4月 5日(火) ツェーネさん、平塚盲学校入学式。
4月 8日(金) スイェンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校入学式。

【義捐金のお願い】
 巻頭の理事長あいさつにもありますように、このたびの東北関東大震災の被災地にあります視覚障害者福祉施設への支援活動の一環として、協会では日本盲人社会福祉施設協議会とタイアップして、義捐金へのご協力をお願いしています。金額の多寡は問いませんので、同封の振り替え用紙にて会費とは別に、義捐金としてのご送付をよろしくお願い申し上げます。
 

 


=編集後記=
3月11日の大震災にたいして、海外の元留学生の皆さんからお見舞いを頂きました。ありがとうございました★あの日、協会で勉強をしていた二人の留学生は、先生と寮母さんとで机の下にもぐりこみ、揺れのおさまるのを待っていました。本当に怖かったでしたね★いよいよ学校生活が始まります。たくさんの友達も出来ると良いですね。


=業務日誌=
2月9・10日(水・木) 留学生2名、浜松研修旅行(ウイズで白杖作り)。
2月20日(日) 板橋区外国人による日本語スピーチ大会。
(グリーンホールにて、留学生2名参加)
3月7・8日(月・火) 留学生2名、大阪研修旅行(国立民族学博物館、
日本ライトハウス、ふれあい文庫)。
3月11日(金) ニヤさん、埼玉県立盲学校卒業式。
3月15日(火) ソンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校卒業式。
3月20日(日) トゥントゥンさん、帰国。
3月21日(月) ソンさん、帰国。
3月28日(月) ソンさん(あはき)、ニャさん(あんまマッサージ指圧)
国家試験合格。
3月31日(木) 理事・評議員会/山口さん退任、湊さん退職。
4月 5日(火) ツェーネさん、平塚盲学校入学式。
4月 8日(金) スイェンさん、筑波大学附属視覚特別支援学校入学式。

【義捐金のお願い】
 巻頭の理事長あいさつにもありますように、このたびの東北関東大震災の被災地にあります視覚障害者福祉施設への支援活動の一環として、協会では日本盲人社会福祉施設協議会とタイアップして、義捐金へのご協力をお願いしています。金額の多寡は問いませんので、同封の振り替え用紙にて会費とは別に、義捐金としてのご送付をよろしくお願い申し上げます。
 

 

 



社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会(IAVI):https://iavi.jp/

〒174-0052 東京都板橋区蓮沼町20-18

電車でお越しの方:
都営地下鉄三田線「本蓮沼」駅下車
「A1」出口を右に出て一つ目の信号を右に曲がり、右手3軒目。徒歩3分。

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