NO.242

      2024/02/27

目次

ベトナムに盲学校を

ベトナムに盲学校を

グエン・ティ・スイェン(ベトナム・ハノイ市)

私はベトナムのハノイからきましたグエン・ティ・スイェンと申します。私は2才のときに風疹で目が見えなくなりましたが、近所のほかの視覚障害者と比べると運が良くて、子供の頃から学校に行くことができました。3才のとき、村の幼稚園で統合教育の勉強をはじめました。
統合教育というのは、見えない人と、見える人が一緒に勉強することです。そこで、私は、初めてほかの人と違うことに気がつきました。私は自分が全部授業を受けられると思っていました。ところが、目が見えないので、目が見える友達と一緒にゲームや絵画などの授業を受けられない、ということに気づきました。その時は、先生が、いろいろなおもちゃを出してくれ私をなぐさめてくれましたが、とても寂しかったです。先生がいろいろな話をしてくれたり、歌を歌ってくれたりしました。私は、先生から習った歌をすぐに覚えました。
6才になったとき、私以外のクラスの友達が小学校にはいりましたが、私は入学できなくて、家にいるしかなかったです。とても寂しかったです。1年後、ハノイの盲学校にはいることができました。家族みんな、とても嬉しかったです。
盲学校では、寮に住んでいました。授業は点字板で、点字の本などがあり、勉強しやすかったです。放課後、いろいろな活動に参加しました。例えば、スポーツ、音楽、英語、マッサージなどです。小学部では、私は、目の見える人と別々に勉強しましたが、中学では、目の見える人と一緒に勉強しました。でも、統合教育の授業は、とても大変でした。
例えば、先生が黒板に書いて、それを指して、「これと  これは  これです」といいました。私はその意味が全く分かりませんでした。そこで、見える友達が、黒板に書いてあることを読んでくれましたので、私は、それを点字に書きました。とても時間がかかりました。このように、困ることが沢山ありました。
中学校を卒業して次の勉強は、もっと大変でした。ベトナムには、視覚障害者のための高校や大学がありません。続けて勉強をしたい人は通信教育を受けるしかありません。毎日学校へ行く必要がありませんが、家で自分で勉強します。週末に学校に行って、先生と話してそれから宿題を出します。盲学校ではありませんから、寮もないし、点字の教科書もありません。勉強する科目も多いし、点字の本もとても高いし、視覚障害者は点字本を買うお金がありません。ベトナム語の科目は、友達や家族の人が本を読んでテープにとってくれますが、英語などの外国語は、それができません。耳だけで、授業を聞いて勉強しました。
大学を卒業できて、私はとてもラッキーでした。ベトナムでは、視覚障害者が多いですが、学校へ行ける人は少ないです。私は学校へ行ける視覚障害者がもっと多くなり、だんだん視覚障害者が勉強しやすくなってほしいと思っています。
だから、私は、大学を卒業して、いい仕事があっても仕事を辞めて、日本へ勉強にきました。日本で勉強し終わったら、国へ帰って友達と一緒に盲学校を作りたいです。そこで、視覚障害者に点字とマッサージをおしえたいです。これは、私の一番大きな夢です。私のこの夢が叶いますように、皆様、どうぞ宜しくお願いします。

私の夢は、鍼灸マッサージの先生

私の夢は、鍼灸マッサージの先生

ツェグミド・ツェンドスレン(モンゴル・ウランバートル市)

私は生まれたときから目が見えませんでした。私が子供のとき、モンゴルのゲルに6人家族と一緒に住んでいました。モンゴルのゲルの特徴は、丸い形をしていて、ストーブにまきを入れてゲルをあたためたりストーブの上に鍋をおいてごはんを作ったりします。モンゴルの冬は、マイナス30度になりますが、ゲルはとても暖かいです。
私は、12才になって、はじめてモンゴルにひとつだけある盲学校の小学校にはいりました。なぜなら盲学校があるということがそれまで全然わかりませんでした。1995年に高校を卒業して視覚障害者の工場でしばらく働いていました。そこで、ゲルの材料を作っていました。それから自分の能力を向上させるために、イデル大学に入学し、ジャーナリズムを専門に勉強しました。卒業後、ラジオのアナウンサーの仕事をしていましたが、視覚障害者が働ける環境がなかったから仕事を辞めざるを得ませんでした。
しばらくして、私は友達から視覚障害者の人にはマッサージがぴったりと聞いて、治療院に見学に行ってみました。とても興味を持ち、鍼灸マッサージの勉強をしようと考えました。しかし、今モンゴルには、鍼灸マッサージを教える学校がありません。私は、日本はアジアのなかで鍼灸マッサージのとてもよい技術を持っていると聞きました。ですから、私はモンゴルの視覚障害者のために鍼灸マッサージの勉強に日本へ来ました。
モンゴルには視覚障害者の工場がひとつあります。そこでは、目の見えない人がモンゴルのゲルの材料を作っています。それ以外は、モンゴルの目の見えない人たちが働きたくても仕事がありません。そこで、仕事のない目の見えない人達に鍼灸マッサージの技術を教えたいと思っています。モンゴルの鍼灸マッサージの技術は遅れています。
私は、日本の盲学校へ入って鍼灸マッサージを勉強するために、国際視覚障害者援護協会で日本語の勉強をしています。日本で鍼灸マッサージの勉強をしたあとで、その技術をモンゴルの目の見えない人達に教えたいです。これが私の一番大きな夢です。

呉(オ)泰(テ)敏(ミン)さんが通訳で活躍

呉泰敏さんが通訳で活躍

理事  新井愛一郎

社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会創立60周年を記念するチャリティ・コンサートの開催にあわせ、東京ヘレン・ケラー協会、韓国カンナム障害者福祉館、それに当協会が主催して、1月22日、日本点字図書館で日韓友好「音楽とシンポジウム」の集いを開催しました。韓国からは6名の方が参加しました。
そこで、これらイベントで通訳として活躍したのが、当協会卒業生の呉泰敏(オ・テミン)さんです。現在は大韓按摩師協会修練院・教師として日々理療教育に携わるとともに、日本と韓国の視覚障害者のさまざまな交流活動で日本に来たり、韓国で日本からのお客様をお迎えしたりして、通訳の活動をされています。何しろ来日した年に日本の小説を、テープを早回しにして聞いていた方で、彼の日本語のうまさは右に出る人はいないくらいでした。
この日も、一人で、大変な同時通訳をこなしていました。友達も多く、「彼が来るから会いにきました」という方も数名参加しました。また何よりお世話になった盲学校の先生との再会も果たすことができました。ただ、呉さんはいっときも、通訳の活動をお休みすることができないので、ゆっくりと交流することはできませんでした。
でも、かれは「援護協会の韓国支部を作りたい」と夢を語ってくれましたので、また今後たくさんの交流を期待することができると思います。本当に日本と韓国の視覚障害者を結ぶ架け橋として大いに活躍が期待されます。



社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会(IAVI):https://iavi.jp/

〒174-0052 東京都板橋区蓮沼町20-18

電車でお越しの方:
都営地下鉄三田線「本蓮沼」駅下車
「A1」出口を右に出て一つ目の信号を右に曲がり、右手3軒目。徒歩3分。

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