セントルシアにおける指圧師養成ボランティア活動報告
セントルシアにおける視覚障害指圧師養成ボランティア活動報告
鍼灸マッサージ師 綱川 章
はじめに
中米、カリブ海地域では、視覚障害指圧師が、2009年にニカラグア共和国で、ニカラグア東洋医学大学の社会貢献活動により、誕生した。カリブ海の東部、セントルシアでは2016年からJICAシニアボランティア黒岩春地氏(現佐賀県国際交流協会理事長)の精力的な活動によりニカラグア東洋医学大学の援助を受けて、2019年にセントルシア視覚障害者協会で視覚障害指圧師を育てる『JMTTプロジェクト』が始まった。2020年1月にはJICA海外協力隊の渡邊みきさんにより指圧講座が予定を早めて開始されたが、コロナ禍により同年3月に中断となった。それから2年半後、2022年9月に私が赴任し、漸く講座を再開する運びとなった。
ここでは、セントルシアで行った視覚障害指圧師を育てる活動について報告したい。
活動期間:2022年9月より2024年8月
場 所:セントルシア視覚障害者協会
身 分:JICA海外協力隊、鍼灸マッサージ師
活動形態:介助員(妻)が同伴(JICAによって障害のある隊員の場合、介助員が同行する制度が新設された。)
活動目標
目標1 指圧師養成の職業教育支援
視覚障害指圧師を育て、職業的自立を支援する。
目標2 教育基盤の整備
1) 指圧師養成カリキュラム改編
2) 東カリブ海指圧センター設立支援
将来、周辺国の視覚障害者も対象に指圧師を育てる役割を果たすセントルシア指圧センター(仮称)を設立する活動である。
目標3 指圧の啓発
指圧ワークショップ、指圧デモンストレーションなどを開催、またセントルシアの人々との友好親善を図りながら、指圧の啓発活動を行う。
活動結果
目標1 指圧師養成の職業教育支援について
1) 第1期指圧講座開催
開催期間
2022年10月より2023年6月
生徒数は4名(年齢30から40歳代、男1名、女3名、弱視3名、全盲1名)
4名のうち3名はコロナ禍により中断された指圧講座の再開を辛抱強く待っていた者。1名は、スエーデン式のマッサージ師での編入者。
指導内容
指圧理論と実技256時間、担当綱川(月曜から木曜、1日1.5時間、週6時間)2020年1月に始まり、3月に中断するまでは、54時間の指導がなされていた。
生徒の要望で指圧テキストの最初から指導することになった。
指圧テキストはニカラグア東洋医学大学のもの(浪越式)を使用し、生徒には電子データで配布。
毎回の授業は、身体をほぐすための体操で始め、手指を柔らかくするため、数分間、各種の叩打法や按摩の曲手の練習で終えた。
解剖生理学153時間、担当セントルシア人講師マービン・チャールズ氏(月曜から水曜、1日1.5時間、週4.5時間)2020年2月から始まり、3月に中断するまで、10.5時間の指導がなされていた。解剖生理学テキストは、チャールズ氏が用意。模型は愛称『ミゲル』の等身大骨模型、チャールズ氏自作品を使用。
修了認定基準
年4回の試験で、平均60点以上の成績、80パーセント以上の出席率を得ること。
実技評価
実技の評価には10項目5段階評価表を作成し、使用した。
10項目は、①指圧の三原則、②体重移動、③漸増・持続・漸減圧、④圧のリズム、⑤正確な指圧点、⑥術式の順序、⑦スムーズな術の流れ、⑧各種の叩打法、⑨運動操作、⑩施術者としてふさわしい言動で、それぞれ5段階で評価した。
卒業できた生徒は3名であった。
2) 第1期臨床研修講座開催
内容
第1期指圧講座の卒業生3名を対象に視覚障害者協会内に指圧クリニックを設け、外来患者の施術に立ち会って、助言・指導した。
施術時間1時間(挨拶、診察、施術、患者へのアドバイスなど)
施術料金70カリブドル(約3500円)、うち研修生には30カリブドル(約1500円)を分配。施術料金は視覚障害者協会が定めた。
また、患者がいない場合は、症状別指圧法、指圧施術の応用手技(体操法、リンパドレナージ、筋膜リリース法、関節モビリゼーション)、経絡経穴、全身按摩などを指導した。その他、必要に応じてカンファレンスを実施した。
同講座のまとめに臨床体験発表会を開催した。
修了証書は、第2回指圧講座の卒業式の場で、授与された。
3) 第2期指圧講座開催
開催期間
2023年8月より2024年4月
生徒数は7名(年齢20から60歳代、男3名、女4名、弱視4名、全盲3名)
指導内容
指圧理論と実技256時間、担当綱川(月曜から木曜、1日2時間、週8時間、32週)前年度に比べ、週当たりの時間数が増加したことで、指の損傷などを防ぐため、休みを入れながら実施した。
解剖生理学153時間、担当セントルシア人講師マービン・チャールズ氏(月曜から水曜、1日1.5時間、週4.5時間、34週)
履修期間は9カ月で、指圧と解剖生理学の終わる時期を、ほぼ同じにした。
これにより前年度と比べ、バスで通ってくる生徒の交通費の負担が軽減された。
卒業 4名
4) 第2期臨床研修講座開催
開催期間
2024年5月より2024年8月
内容
第2期指圧講座の卒業生4名を対象に視覚障害者協会内の指圧クリニックにて外来患者の施術に立ち会って助言・指導した。
施術時間1時間(挨拶、診察、施術、患者へのアドバイスなど)
施術料金70カリブドル、うち研修生には30カリブドルを分配。
患者がいない場合は、症状別指圧法(変形性膝関節症、肩こり、頚肩腕症候群、五十肩、腰下肢痛)、指圧施術に応用する手技(体操法、リンパドレナージ、筋膜リリース法、関節モビリゼーションなど)を指導した。時間の都合で各症状とも慢性期のみを取り扱った。昨年、最も多かった変形性膝関節症から研修を始めた。
なお、本講座は、2024年9月以降、後任の協力隊員栢之間理沙さんにより引き継がれている。
5) 指圧クリニック
2023年2月、視覚障害者協会の会長が会長室と指圧教室とを交換してくれたことで実現した。
指圧クリニックは広く窓があり、部屋の環境が改善され、ベッド4台を備えている。3台は木製の指圧ベッド。もう1台は組み立て式で、背の高い生徒が使用。患者の頭顔面部の施術の際に術者が使う椅子がある。他に事務机、パソコンがあり、施術中にリラックス用のBGMを流した。
術者が誠実な態度で患者の施術に集中するように心構えを正すフィジシャンズ・プレッジを壁に掲示している。
施術同意書を作成し、初診時に使用している。施術料金の徴収は、2023年7月から始めた。
以来、2024年8月までに累計で105名の患者が訪れ、7000カリブドル(約37万円)以上の収益が視覚障害者協会にもたらされた。
6) 実技の指導方針と指導サイクル
「技術を手から手へ」 実技の指導に当たっては、指圧の技術を指導者の手から、生徒一人一人の手へ伝えるように心がけた。
指導のサイクルは①生徒一人一人に模範を示し、②ペアを組んで練習、③各生徒からその技術を受けて評価、④生徒一人一人に実現可能なアドバイスを与える、⑤練習を繰り返す。
目標2 教育基盤の整備について
1) 指圧師養成カリキュラム改編
第2期指圧講座では、総時間数は変えずに履修期間を9カ月に短縮した。
側臥位と座位の全身の術式を作成した。指圧のテキストには、側臥位と座位の術式があるが上半身のみの術式なので、それらを応用して側臥位と座位の全身の術式を作成し、指導した。高齢者、妊婦などの施術に適している。座位の全身の術式は、指圧テキストの仰臥位での上下肢の術式を加えた。指圧デモンストレーションにも活用できる。
2) 指圧センター設立支援について
今回の活動では必要条件の一つであるセントルシア人の指圧インストラクターを養成する計画を作成し、同協会に承認された。
そして、第1期および第2期の指圧講座から、インストラクターの候補生を各1名ずつ同協会に推薦した。同様に第3期以降の指圧講座からもインストラクター候補生を推薦してもらうのが理想的である。
将来、2年を任期とする盲学校教員が派遣されるとき、視覚障害者協会が、それまでのインストラクター候補生の中から最終的に2名を決定し、教員が指圧インストラクターを育てるという計画である。
具体的なインストラクターの養成方法として、盲学校教員が2年をかけて2名のインストラクターを育てる。1年目は教員が2名の候補生を助手につけて、その年の指圧講座を担当、指導する。
その間、学級経営の方法、指圧の指導方法、試験の実施方法、評価、アドバイスの方法、インストラクターに必要な心構え、知識、技術などを指導する。2年目は候補生がその年の指圧講座を担当し、教員は、その監督を勤める。
こうして2年後には視覚障害者協会は、2名のセントルシア人指圧インストラクターを獲得することになる。
目標3 指圧の啓発について
様ざまな機会をとらえて、指圧を知ってもらう活動を展開した。
1) 指圧ワークショップ
二つの特別支援学校で、小さい子供向けの短時間指圧法、中学生向けの指圧法を、各学校の先生方に紹介した。
2) 指圧デモンストレーション
指圧講座生、臨床研修生と共に、あるいは単独で、公園、会社、病院、イベント会場、カストリーズ・マーケット、また、他のJICA海外協力隊員の活動場所へ出向いて、一人15分間程度の指圧を施した。
指圧デモンストレーションは2年間で29箇所の場所に出向き、合計38回実施できた。指圧を体験してくれた人は、累計500人以上となった。
3) 指圧クリニックの宣伝ビラ配布
指圧クリニックの宣伝ビラを作り、臨床研修生と共に、市内を歩いて回り、人々に手渡し、宣伝活動を行った。
最近の動き
第1期指圧講座の中で開業を目指して積極的に活動する卒業生が現れた。
卒業証書を土台に必要書類と一定の金銭をそろえて、カリブ海諸国で共通に認可される職業免許CVQ(Caribbean Vocational Qualification)を取得した。
マッサージや指圧はカテゴリー3に位置付けられている。開業に向けては、更に設備や資金も必要で、支援が必要である。
考察
1) ニカラグア東洋医学大学とセントルシア視覚障害者協会
ニカラグア東洋医学大学の正式名称は『日本ニカラグア東洋医学大学』、首都マナグアにあり2004年に創立された政府公認の5年制の大学である。
学生は、鍼灸、指圧、按摩などの東洋医学、画像診断などの西洋医学、また、中米、カリブ地域の薬草学や虹彩診断(イリドロヒア)など5000時間以上を学ぶ。卒業後は、東洋医学師として、ニカラグアの保健医療の場を担う。創立者は、日本人の八巻晴夫、美智子夫妻。
私は、2010年から通算4年間、JICAシニアボランティアとして同大学で東洋医学の教育を行った。
黒岩氏も、同大学を視察訪問している。
同大学の好意で指圧テキストをはじめ、指圧ベッドなど、指圧講座開設のために必要な情報がセントルシア視覚障害者協会へ提供された。
2) JMTTプロジェクトと指圧
JMTTはJapan Medical Touch Therapy の略で、実際は指圧のことである。
Shiatsu(指圧)は世界的に知名度はあるが、セントルシアではとほんど知られていない。
視覚障害者協会としては、この日本語の言葉を敬遠し、それに代わるものとしてJMTTにしたものと思われる。
3) セントルシア人と指圧施術
セントルシア人はアフリカ系、インド系の黒人がほとんどである。
手足が長い人が多い。指圧のテキストに従って前腕や下腿を8点のつもりで指圧して行くと、8点目が手首や足首からかなり離れていることが多い。
その場合は、指圧の点を増やして、むしろ指圧のリズムを保ち、目的の部位への施術を完結させるようにした。
また、同じ部位を二度繰り返して指圧する場合は、点の間隔を調整して、2回目は8点になるようにした。
4) 頭の指圧
セントルシア人は髪をねじり編みや三つ編みなどにしたヘアスタイルが多い。
ヘアサロンや家で4時間も5時間もかけて女性も男性も念入りに髪型を整えて、ヘアファッションを楽しむ。加えて、髪の毛にビーズやリボンといったアクセサリーをつけている場合も多い。
そこで、指圧講座の生徒と相談して対処法を決め、頭顔面部の施術に先立って、頭を施術してもいいかどうか、患者に聞いてから行うことにした。
また、セントルシアには一生、髪を切らないラスタ教という宗教の信者もいる。
彼らは常に帽子をかぶっている。その場合、頭の指圧は省略することにした。
異文化の環境では、必ずしもテキスト通りには行かずに、その土地での環境に合わせて施術するという東洋医学の基本原則を再確認することになった。
5) 修了認定条件
指圧講座のオリエンテーションで修了認定の基準を4回の試験で平均60点以上、出席率80パーセント以上という条件を確認した。
指圧師として国民に貢献できる人になってもらうには、これが学習段階で満たすべき条件と考えた。
ところが、一人の生徒が長期の入院で修了認定が困難となったとき、それに反して視覚障害者協会から修了認定してほしいとの圧力がかかった。
その生徒はプロのマッサージ師であったので、同協会としては学習時間が不足していても修了認定すべきと考えていたようである。
会議の席上、該当生徒がプロのマッサージ師ではあっても、そもそも指圧師としての基本的な技術が身についていないことを説明して、ようやく納得してもらった。
オリエンテーションで、修了認定の条件をあらかじめ全員で確認しておく重要性を再認識した。
6) 施術同意書
外来患者の受け入れに当たって標準的と思われる施術同意書を作成した。
しかし、24時間以内のキャンセルや無断キャンセルなどの際の料金請求については実情に合わないとのことで削除された。
事実、予約のキャンセルが多く、また、予約の時間通りに来院しない患者も多かった。
高いバス代を払って指圧クリニックにやってくる研修生のために、患者のドタキャン時には必ず代わりの指導プログラムを用意しておく必要があった。
7) 指圧の啓発
セントルシアではマッサージといえばオイルを使うスエーデン式のマッサージが一般的である。
毎年、講習会が開かれている。しかし、指圧はほとんど知られていない。指圧クリニックを訪れる患者は、まだまだ少ない。
そこで、視覚障害者協会に指圧クリニックの看板の設置、テレビ・ラジオでの宣伝、視覚障害者協会のウェブサイトやSNSでの宣伝を要望して来たが、コストがかかるなどの理由で取り上げてもらえなかった。
また、活動当初から要望していたクルーズ船発着場、スーパー・マーケットでの指圧デモンストレーションの実施も、結局、実現できなかった。将来に期待したい。
指圧デモンストレーションは、29か所、合計38回実施し、指圧を体験してくれた人が、500人以上になった。
その最終回で、同協会がやっと宣伝用のバナーを作ってくれた。セントルシアでは、ゆっくりとしたペースで、物事が進んで行くようである。
今は、指圧クリニックの宣伝ビラの配布と、いろいろな場所での指圧デモンストレーション、口コミなどを通じて、わずかながら患者が増えている状態である。
ニカラグアでは、20年以上の年月を経て、今、指圧クリニックに多くの患者が訪れている。
一方、セントルシアでは、まだ1年、今がどん底と考えて、希望を持ちつつ、地道に活動を継続・努力して行くことが大切である。
まとめ
1)セントルシアで初めて、7名の視覚障害指圧師を育てた。
2)指圧クリニックを開いて臨床研修講座を開催し、研修生が患者を施術して、収入が得られるようにした。
3)指圧クリニックは、7000カリブドル以上の収益を視覚障害者協会にもたらした。
4)指圧講座の履修期間を9カ月にした。
5)側臥位と座位の全身の指圧術式を作成し、指導した。
6)指圧デモンストレーションで指圧を体験してくれた人が、500人以上になった。
社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会(IAVI):https://iavi.jp/
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